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遺伝子ハサミの特許判決からみる中国における優先権判断の基準
弁理士 孫ダソム

1. はじめに

最近、北京知識産権法院が中国特許CN 104854241 B(PCT/US2013/032589に基づく中国移行特許;以下、「対象特許」)に対し、国家知識産権局(CNIPA)の「特許維持」決定を取消し、再審理を命令する第1審判決を言い渡した。

対象特許は、CRISPR-Cas9の源泉特許として評価されていたCVCグループ(米国のUCバークレー研究チーム)の特許であり、今回の判決で法院は、中国特許における優先権の認定基準を提示しており、これについて考察する。

2. 背景

(1) CRISPR-Cas9とは

CRISPR-Cas9とは、細菌の免疫システムを応用した遺伝子ハサミ技術であり、特定の遺伝子を挿入、除去、修正することができることから、疾患の治療、農業、新薬開発など多様な分野で核心的なツールとして活用されている。一方、CRISPR-Cas9の必須要素であるPAM(Protospacer Adjacent Motif)はCRISPR-Cas9が標的遺伝子配列を認識して切断するようにする配列である。

以下のCNIPAの決定および法院の判決において、優先権主張の基礎となる出願のCRISPR-Cas9システムにはPAMに対する記載がなく、優先権主張出願にのみPAMが記載された場合、先後出願の両発明が同一のテーマ(発明)であるとみることができるか否かが争点となった。

(2) 原核細胞と真核細胞

真核細胞は、動物、植物、カビなどから発見される細胞であり、DNAを含む核および多様な細胞小器官を備えた複雑な構造を有するのに対し、原核細胞は、核やその他の膜系細胞小器官がない単純な構造を有する細胞であり、主に細菌など微生物から発見される。

このような差により、以下のCNIPAの決定および法院の判決において、原核細胞に対する適用の可能性が立証されたCRISPR-Cas9システムが真核細胞に対する適用の可能性も認められるか否かが争点となった。

3. CNIPA第562593号決定(特許維持)

CNIPAは、無効請求を棄却し、対象特許を有効に維持したところ、

対象特許の優先権主張の基礎となる出願(US 61/652086;2012.5.25.出願;以下、「P1」)がCRISPR-Cas9の適用の可能性を十分に開示していると見なし、PAMに関する記載がないとして必須的特徴が欠如したとみられないと判断した。

結果として、CNIPAは、対象特許がCRISPR-Cas9の実現の可能性を十分に記載したP1を基礎とした合理的拡張に該当するため、P1と同一のテーマに関するものと見なしたうえで、対象特許のP1に対する優先権が有効であると判断した。

4. 北京知識産権法院の判決(審決取消および再審理の命令)

しかし、法院は、CNIPAの決定を取消し、再審理を命令した。

その主な根拠の一つとなった優先権の認否について、

1) 優先権の審査は、技術手段だけでなく技術効果を含んで、請求項および明細書の記載を総合的に考慮するべきであり、

2) 後出願が技術案または技術効果の側面から優先日以降の技術的寄与を含む場合、後出願は基礎となる出願と同一のテーマであるとみることができないため、優先権を認めることができないという判断基準を開示した。

上記基準により法院は、真核細胞での適用の可能性と関連してP1文献が試験管(in vitro)実験のみを開示し、真核細胞での実験は全く開示していないため、CRISPR-Cas9が真核細胞でも作動するか否かは予測することができないとみた。またPAMに関しては、P1にPAMに関する如何なる記載もなく、その機能と必要性はP1出願日以降に明らかになった事実であるとみた。

これにより、法院は、真核細胞におけるCRISPR-Cas9の適用およびPAMの機能は、P1出願日以降の技術的寄与に該当するとしたうえで、対象特許とP1は同一のテーマに関するものではないと見なし、対象特許のP1に対する優先権が有効ではないと判示した。

5. 示唆点

当該判決は、第1審判決であり、今後の控訴審などにより結論が変わり得る。それにもかかわらず、今回の判決は、中国特許実務における優先権認定要件を具体的に定義した点から意味がある。

つまり、単に技術概念が同一であるという理由のみでは基礎出願と優先権主張出願とが同一の発明に関するものであると見なすことはできず、基礎出願の段階で実際の効果が立証されなければ、優先権主張出願に記載された技術は、優先日以降の技術的寄与と見なされて優先権が認められないことがあるということである。

これは、特に技術的効果が特許性判断の核心要素となるバイオ分野において、初期の出願時点から単に技術概念のみを提示することでは不十分であり、当該技術の効果を裏付けられる具体的な実験データを含ませることが優先権防御の側面から重要であることを示す。

参考資料

1. CNIPA第562593号の決定文
2. 隆诺律师事务所の2025年9月18日付記事
  (
https://www.bjpaa.org/news/shownews.php?id=9806&utm_source=chatgpt.com)
3. ザ・バイオの2025年9月30日付記事
  (
https://www.thebionews.net/news/articleView.html?idxno=18506)