I. はじめに
強力な特許の請求の範囲は、先行技術と区別される有効性と、侵害を容易に確認できる広い権利範囲を同時に満たすように作成されなければならず、上記2つの相反する条件間の均衡を保つ必要がある。また、請求項は明細書の図面または詳細な説明により支持されるように明確かつ簡潔に作成されなければならない。1 このような記載要件により請求項を作成する時、ある技術的思想が存在するという積極的かつ肯定的な表現2 を使用することが一般的であるが、有効性と侵害確認の容易性を同時に満たす強い特許を作るために、まれに消極的かつ否定的な表現3 (以下、「否定的限定」という)を使用する場合もあり得る。
本稿では否定的限定に関連した最近の米国連邦巡回控訴法院の判例と関連審査基準4 を考察し、特許明細書草案を作成したり拒絶克服のために否定的限定を使用して請求項を補正する時に考慮すべき事項を提案する。また、否定的限定に対する主要国家の特許審査基準も簡略ながら整理してみる。
II. 事件の展開および判例
1. 米国特許庁の審決
半導体ストレージ企業であるInphi社は、競争企業であるNetlist社との特許訴訟中である2010年6月9日に、米国特許庁にNetlist社の特許US7,532,537に対する当事者系再審査(Inter Partes Reexamination)5 を請求した。審査過程で審査官が30項の請求項に対して進歩性違反による拒絶決定を下し、これに対してNetlist社は独立項に否定的限定を追加する補正を行った。補正されたUS7,532,537特許の請求項1項は以下のとおりである。
Claim 1 A memory module comprising:
a plurality of memory devices, each memory device having a corresponding load; and
a circuit electrically coupled to the plurality of memory devices and configured to be electrically coupled to a memory controller of a computer system, the circuit selectively isolating one or more of the loads of the memory devices from the computer system, the circuit comprising logic which translates between a system memory domain of the computer system and a physical memory domain of the memory module,
wherein the system memory domain is compatible with a first number of chip selects, and the physical memory domain is compatible with a second number of chip selects equal to twice the first number of chip selects,
wherein the plurality of memory devices comprises double-data rate (DDR) dynamic random-access memory (DRAM) devices and the chip selects of the first and second number of chip selects are DDR chip selects that are not CAS, RAS, or bank address signals.
Netlist社のUS7,532,537特許は、コンピュータMemory Moduleに関するものであり、JEDEC(Joint Electron Device Engineering Council)標準により標準化された複数の命令とデータ信号によりコンピュータシステムと連結されて動作する。しかし、Memory Module内でやり取りする信号はメーカーが独自的に定めることができるため、Module内にChip Select(CS)信号を追加構成した。CS信号は、同一のバスに連結された複数のChipのうちの特定のChipのみを選択し、Enableする信号であって、Memory Controller側での負荷(Load)をChip単位で分けることによってバスに載せられる各種信号に対するDriving能力とIntegrityを高め、電力消耗を減らす役割を果たす。Netlist社は、審査官の拒絶理由を克服するために、CS信号が標準信号であるCAS、RAS、Bank Address Signalsと区別される別個の信号であるという否定的限定を追加する補正を行い、審査官は特許許与通知を出した。
Inphi社は、上記Netlist社の否定的限定により補正された請求項が明細書により支持されないため、Written Description Requirementを違反したと主張しつつ、米国特許審判部(Patent Trial and Appeal Board:PTAB)に審判を請求したが、PTABも審査官の許与決定を支持した。Inphi社は、PTABに再審理(rehearing)を求め、否定的限定事項がUS7,532,537特許の詳細な説明により支持されないNew Matterであると指摘した上で、「当該特徴を除くための十分な理由が明細書により支持されなければならない」というSantarus Inc. v. Par Pharm. inc.判例6 を根拠としてNetlist社の否定的限定補正は最初明細書でCSが CAS、RAS、Bank Address Signalsであってはならない十分な理由を開示しなかったため、Written Description要件の違反であると主張した。
しかし、PTABは、明細書が関連限定を除く理由を明示的に詳述してはいないが、CS信号をCAS、RASおよびBank Address信号と区別して詳細な説明および図面で記載したものを請求項の否定的限定を支持する根拠として挙げた。上記PTABの最終審決に対してInphi社はCAFCに控訴した。
2. 米国連邦巡回控訴法院(CAFC)の判決
Inphi社は、Santarus Inc. v. Par Pharm. inc.判決を引用して否定的限定は上方修正された明細書記載要件の基準を必要とすると主張した(Court’s precedents demanded a heightened written description standard for negative claim limitations requiring that the specification describes a reason to exclude the relevant limitations.)。つまり、「reason to exclude」部分に対して、特定の構成要素を除くことで得られる効果などを特定しなければならないと主張した。
Inphi社の主張に対してCAFCは明細書で特許発明の特徴に対して適切に記載している以上、特定の構成要素を除くことにより得られる長所乃至短所を追加的に特定する必要はないと判示し、7 関連した信号を明細書で適切に区別して記載しているというPTABの事実認定が十分な証拠により支持されるとしながら、補正を通じて導入されたCAS、RAS、bank address signalsでないDDR Chip選択(DDR chip selects that are not CAS、RAS、bank address signals)という否定的限定事項が明細書により裏付けられると判断した。8
またCAFCは、現行米国特許庁の審査基準に基づき、代替的要素が明細書に積極的に記載されていれば請求項で明示的に除かれることもできるというMPEP 2173.05(i)9 を引用しながら、Netlist社の主張を認めた。
III. 主要国家の審査基準
1. 米国
従来の米国特許庁の審査基準は、否定的限定事項が含まれているとして請求の範囲が拒絶されるものではないが、かかる限定により請求の範囲が過度に広くなったり不明確になる場合などには、明確性要件違反により拒絶されなければならないという程度のみを提示していた。10
しかし、現行の審査基準は、否定的限定事項で請求項を記載しても特許発明の保護範囲が明確であれば明確性要件を満たすものであり、11 最初明細書に開示されて否定的限定事項を支持していれば、12 否定的限定を含む請求項も明確性(Definiteness Requirement)と明細書支持要件(Written Description Requirement)を満たすと規定している。上記最初明細書の記載が必ずしも文章で表現される必要はなく、図面や表(Table)によっても基準を満たすことができると付加説明している。13
2. 韓国
韓国特許庁の特許·実用新案審査基準では「…を除き」、「…でない」のような否定的表現が使用されて発明が不明確となった場合を、請求項に発明の構成を不明確にする表現が含まれている場合と規定している。ただし、このような表現の意味が発明の説明により明確に裏付けられ、発明の特定に問題がないと認められる場合には不明確なものとして取り扱わないとしている。14
3. 欧州および日本
欧州特許庁(EPO)の審査基準では、否定的限定を請求の範囲に含むことができる例外的な場合として、一般的、積極的な限定事項のみでは発明の保護範囲を明確かつ簡潔に確定できないか、または請求の範囲を過度に制限する場合にのみ制限している。また、否定的限定により除外される内容が明確でなければならず、否定的限定が含まれている請求の範囲も明確性および簡潔性の要件を満たさなければならないと規定している。15
日本特許庁(JPO)の審査基準では、明確性要件と補正の部分を区分して規定している。まず、明確性要件と関連して、否定的限定事項は権利範囲を曖昧にし得る表現ではあるが、否定的表現により除外される前の発明の範囲が明確であり、また除外される部分の範囲が明確であれば、通常その請求項による発明の範囲は明確であるとした。補正と関連して、既存の請求項の一部要素のみを削除して補正した除外請求項が新たな技術的事項を導入したものでない場合には許容されると規定している。16
IV. むすび
請求の範囲に記載される発明は、積極的限定で記載することが一般的であるが、否定的限定を通じて権利範囲を最適化することが必要な場合もあり得る。主要国家の最近の審査基準によると、従来に比べて否定的限定を許容する傾向が強くなっているようである。しかし、依然として各国特許庁と法院では否定的限定事項に対して消極的な姿勢を堅持している。ただし、今後も技術と市場の変化が速く、その形態が多様であるため、出願日から20余年間の権利期間の間に出願人の利害と公衆の利害が互いにバランスをとるように上記判例および審査規定において共通して要求する権利範囲の明確性と簡潔性、そして、明細書支持要件を考慮する専門家たちの実務的な努力が持続的に必要であるといえる。
1 米国特許法112条(a)、(b)項;韓国特許法第42条第4項、第6項
2 積極的肯定的表現(positive limitation)の例:「…を含み」、「…がある」
3 消極的否定的表現(negative limitation)の例:「…を除き」、「…がない」
4 USPTO, Manual of Patent Examining Procedure (MPEP), 2173.05(i)
5 AIA導入以前にはInter Parte(当事者系) ReexaminationまたはEx Parte(査定系) Reexaminationがあったが、AIA以降にはInter Parte ReviewとEx Parte Reexaminationに変更される。
6 Santarus Inc. v. Par Pharmaceutical Inc., 694 F.3d 1344 at 1351 (Fed. Cir. 2012) (“Negative claim limitation are adequately supported when the specification describes a reason to exclude(著者強調) the relevant limitation. Such written description support need not rise to the level of disclaimer. In fact, it is possible for the patentee to support both the inclusion and exclusion of the same material. The claim limitation that the Phillips formulations contain no sucralfate is adequately supported by statements in the specification expressly listing the disadvantages of using sucralfate.”). (著者注) Sucralfateは胃潰瘍など胃腸管の問題時に胃壁保護剤として使用される薬の一種で、代表的な商標名としてアルサルミンがある。
7 Inphi Corp. v. Netlist Inc., 805 F.3d 1350, at 1355 (“The question that remains is whether properly describing alternative features - without articulating advantages or disadvantages of each feature - can constitute a ‘reason to exclude’ under the standard articulated in Santarus. We hold that it can.”). Id. At. 1357 (“We hold that Santarus did not create a heightened written description standard for negative claim limitations and that properly described, alternative features are sufficient to satisfy the written description standard of §112, paragraph 1 for negative claim limitations.”)
8 Id. at 1357 (“In this case, however, substantial evidence supports the Board’s finding that the specification properly distinguishes the relevant signal types - CS, CAS, RAS, and bank address signals.”).
9 MPEP, 2173.05(i) (“If alternative elements are positively recited in the specification, they may be explicitly excluded in the claim.”)
10 MPEP, Fifth Edition, Aug. 1983, 706.03(d) (“The inclusion of a negative limitation shall not, in itself, be considered a sufficient basis for objection to or rejection of a claim. However, if such a limitation renders the claim unduly broad or indefinite or otherwise results in a failure to point out the invention in the manner contemplated by 35 U.S.C. §112, and appropriate rejection should be made.”)
11 MPEP, 2173.05(i) (“So long as the boundaries of the patent protection sought are set forth definitely, albeit negatively, the claim complies with the requirements of 35 U.S.C. §112(b) or pre-AIA 35 U.S.C. §112, second paragraph.”)
12 MPEP, 2173.05(i) (“Any negative limitation or exclusionary proviso must have basis in the original disclosure.”)
13 Id. (“Note that a lack of literal basis in the specification for a negative limitation may not be sufficient to establish a prima facie case for lack of descriptive support.”)
14 韓国特許庁の特許·実用新案審査基準(2016.2、2406-2407頁)
15 EPO, Guidelines for Examination in the European Patent Office, Part F (“Negative limitation such as disclaimers may be used only if adding positive features to the claim either would not define more clearly and concisely the subject matter still protectable or would unduly limit the scope of the claim.”)
16 日本特許庁の特許·実用新案審査基準の第2部第3章明確性要件、第4部第2章新規事項を追加する補正
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