各国の貨幣には当該国の象徴となる歴史的な人物が描かれたりする。現在の韓国も退渓李滉(千ウォン券)、 栗谷李珥(5千ウォン券)、世宗大王(1万ウォン券)、申師任堂(5万ウォン券)の肖像が図案された銀行券紙幣および忠武公李舜臣将軍の肖像が図案された100ウォンの鋳貨が流通中である。
韓国の貨幣に図案された肖像は、当代の有名画家が制作した標準肖像1に基づいて印刷または鋳造が容易になるように貨幣図案用の肖像として再びデザインされたという共通点がある。
現行の著作権法によると、制作依頼の有無と関係なく、新たな創作物である標準肖像に対する著作権は当然これを制作した画家に帰属する。一方、標準肖像に基づいて制作された貨幣図案用の肖像は、新たな創作物とみることができるか否かによって著作権の帰属が決定される。
1982年に500ウォン鋳貨が発行される前まで活発に流通された500ウォン券に図案され、現在流通中である100ウォン鋳貨に図案されている忠武公李舜臣将軍の肖像を制作した故張遇聖(チャン・ウソン)画伯の子孫が韓国銀行を相手取って起こした著作権侵害による損害賠償、および貨幣図案用の肖像の引渡し請求に関する判決が最近言渡された。
当該判決では、現行の著作権法ではなく、著作物が製作された当時に施行された依用著作権法及び旧著作権法が適用された。 これにより、著作物形態及び嘱託有無による著作権の帰属有無が現行の著作権法と多少差異がある部分があり、この差異点を中心に判決内容を考察する。
1. 基礎事実の整理
1953年
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故張遇聖画伯が忠武公記念事業会の依頼により李舜臣将軍の標準肖像を制作
(以下、「忠武公の標準肖像」という。)
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1962年
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韓国銀行が500ウォン券紙幣発行
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1975年
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故張遇聖画伯が文化公報部の依頼により貨幣図案用の忠武公の肖像の制作後に韓国銀行に提供
(以下、「貨幣図案用の忠武公の肖像」という。)
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1983年
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韓国銀行が100ウォン鋳貨発
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2004年
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故張遇聖画伯が知識財産権一切を当時の月田美術財団法人の理事長であるチャン・ハックに譲渡
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2005年
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張遇聖画伯死亡
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2021年
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チャン・ハックが韓国銀行を相手取って著作権侵害による損害賠償および貨幣図案用の肖像の引渡しを請求(2021ガダン5280029損害賠償(著))
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2. 事件の争点および法院の判断
(原告および被告の主張のうち法院により判断された争点のみを説明)
イ.忠武公の標準肖像について
争点
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法院判断の要約
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忠武公の標準肖像の著作物の性格を写真著作物とみることができるか否か
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-依用著作権法2第25条は、他人の嘱託により著作した「写真肖像」の著作権はその嘱託者に帰属すると規定されており、依用著作権法第26条で「写真術と類似の方法により制作された著作物に対して写真に関する規定が適用される」と規定して写真著作物に関する規定の適用対象を制限しており、上記規定は依用著作権法第1条で規定した著作者の著作権を原始的に排除する規定であるため、厳格に解釈する必要があるという点から、依用著作権法第25条の「写真肖像」は、人物の顔や姿を撮影した写真著作物に限定されるとみることが相当である。
-したがって、依用著作権法第25条は、美術著作物に該当する忠武公の標準肖像に適用され得ない。
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忠武公の標準肖像に対する著作権の帰属
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-したがって、忠武公の標準肖像の複製権をはじめとする著作権一切は依用著作権法第1条によりその著作者である故張遇聖に原始的に帰属する。
-一方、忠武公の標準肖像(著作物)に対する所有権が1969年頃に忠武公記念事業会から大韓民国(文化財庁の顕忠寺管理所)に移転され、忠武公記念事業会が1982年2月頃に解散してその残余財産が国庫に帰属したとしても、大韓民国が忠武公の標準肖像に対する所有権を取得したことは別論にせよ、大韓民国が忠武公の標準肖像に対する著作権を取得したとみることができない。
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損害の発生有無
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-したがって、被告の複製権侵害は認められるが、原告は自分が被った損害乃至被告が得た利益などに関しては具体的に主張・立証しなかったため、被告の複製権侵害により損害が発生したと認めるには足りない。
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ロ.貨幣図案用の忠武公の肖像について
争点
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法院判断の要約
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貨幣図案用の忠武公の肖像の著作物の性格
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貨幣図案用の忠武公の肖像は、正面に向かって描かれた忠武公の標準肖像を左側顔面部が見える上半身半側面像に改作したものであり、これは紙幣または鋳貨に入る人物の上半身の肖像という特殊性を考慮して顔面部の屈曲がより目立つようにする著作者の創作的要素が加味されたとみられ、著作者は顔面部の両側面のうち、左側顔面部が半側面として現れる形態で貨幣図案用の忠武公の肖像を構成したところ、このような方向性も忠武公の標準肖像とは区別される点などを総合してみると、貨幣図案用の忠武公の肖像は、忠武公の標準肖像とは区別される別途の創作性を備えたとみることが相当である。
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貨幣図案用の忠武公の肖像の著作権の帰属
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-貨幣図案用の忠武公の肖像が制作される当時に適用された旧著作権法第13条は「他人の嘱託により著作された写真、肖像の著作権は、その嘱託者に属する」と規定している。
-故張遇聖は、代金150万ウォンで貨幣図案用の忠武公の肖像を制作して被告(韓国銀行)に提供することとする内容の「制作物供給契約」を締結し、これにより被告に貨幣図案用の忠武公の肖像を提供し、その代金として150万ウォンを支給された事実を認めることができる。
-したがって、貨幣図案用の忠武公の肖像に対する著作権は、嘱託者である被告に原始的に帰属するとみることが相当である。
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貨幣図案用の忠武公の肖像の所有権の帰属
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-被告が2013年2月21日に貨幣図案用の肖像の展示会を開催するために原告から著作権の使用承諾を受けた事実は認められるが、貨幣図案用の忠武公の肖像の著作権は被告にあり、上記承諾は貨幣鋳造以外の目的で使用するためのものである点などをみると、原告に貨幣図案用の忠武公の肖像に対する所有権が残っていると認めるには足りない。
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3. 示唆点
本事件は、著作物の制作当時、すなわち、著作権の発生当時の著作権法を適用して著作権の帰属、および創作者と嘱託者の契約関係に基づいた著作物の所有権の帰属を判断したことに特徴がある。
関連して考察することは、現行の著作権法には嘱託関係などにより創作された著作物に関する著作権の帰属については別途規定していないという点である。これは著作物に関する著作権は原始的に創作者に帰属するのと脈絡を共にする。ただし、現行の著作権法第9条では「法人などの名義で公表される業務上著作物の著作者は、契約または勤務規則などに他の定めがない時には、その法人などとなる」と規定して、例外的に著作物を創作した者でなく、創作者を雇用している法人が著作権を保有することを認めており、法院は本条項を適用するにあたって「法人などの使用者と業務に従事する者との間に雇用関係、その他実質的な指揮・監督関係が成立しなければならず、上記第9条は実際の創作者が著作者となる著作権法第2条第2号の例外規定であるため、これを制限的に解釈しなければならない」と厳格に解釈している(ソウル中央地方法院2016ガハブ546369判決(2017.2.9.言渡))。
これにより、雇用契約でなく、請負契約の場合、法院は「外部請負としてデザインをする場合、両者が独立した地位で契約するという点から、請負契約では業務上著作物規定を適用しないことを原則とする」という立場を堅持しているが(92ダ31309判決(1992.12.24.言渡)など)、「映像著作物制作の請負契約を結んだ受給人が映像物を制作して請負人に引き渡した場合、特別な事情がない限り、所有権と共に知的財産権の全部または一部である複製および配布権も共に譲渡されたとみることが相当である」(ソウル高等法院94ラ175決定(1994.12.7.言渡))とし、アウトソーシングした映像物に関する著作財産権は請負人が保有することになると判示した。
SNSの活性化に伴い、ティックトック(Tiktok)やショート(Shorts)、リール(Reels)などショートフォームのプラットホームを通じた映像コンテンツが氾濫しており、これを利用した広告も頻繁になってきているが、全ての会社が独自的にコンテンツを制作することはできないため、必要に応じて外部専門家に依頼することが多い。製品デザインやキャラクターを外部に請け負わせる場合も依然として多いであろう。
コンテンツが多く制作されるということは、著作権をはじめとする関連した権利もその分、発生するということであり、これに伴い、新たに規定される利害関係が多くなることを意味する。コンテンツ創作者の立場にせよ、クリエータにアウトソーシングする立場にせよ、創作された著作物に関する著作権の譲渡、著作物の所有、利用および複製範囲などを綿密に把握して事前に契約関係を明確にすることが不要な紛争を防止する道であることに注意する。
1 標準肖像制度は、歴史的偉人がそれぞれ異なる姿で描かれることを防ぐために1973年に導入された。1953年に製作された故張遇聖画伯の李舜臣の肖像は、標準肖像制度により標準肖像第1号として公認され、現在顕忠寺に保管されている。ただし、「忠武公の標準肖像中の官服、兵符袋などは当時の実際の服飾とは異なって表現されている」などの意見があり、2017年に忠武公の標準肖像に対する指定解除申請が行われたが、これに対する議論は続いている。
[出典]国民日報
[オリジナルリンク] - https://news.kmib.co.kr/article/view.asp?arcid=0924327291&code=11171399&cp=nv
2 依用著作権法とは、1957年1月27日の韓国の著作権法の制定時まで、旧大韓民国憲法第100条により依用された日本著作権法をいう。
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