【事件の概要】
原告は、特許審判院に本事件の出願発明に対する拒絶決定の取消を求める審判を請求し、特許審判院は、本事件の出願発明が進歩性が否定されるという理由で原告の審判請求を棄却する審決を下した。これに対し、原告が特許法院に審決取消訴訟を提起した事件であって、構成要素の範囲を数値として限定した、いわゆる数値限定発明の進歩性の有無が問題となった事件である。
【数値限定発明の進歩性の判断方法】
ある特許発明がその出願前に公知となった発明が有する構成要素の範囲を数値によって限定して表現した場合には、その特許発明に進歩性を認めることができる他の構成要素が付加されており、その特許発明における数値限定が補充的な事項に過ぎないものでない以上、その特許発明がその技術分野における通常の知識を有する者が通常的かつ反復的な実験を通じて適宜選択することができる程度の単純な数値限定に過ぎず、公知となった発明と比較して異質な効果や限定された数値範囲内外で顕著な効果差が生じないものであれば進歩性が否定される(大法院99フ1522判決(2001.7.13.言渡)、大法院2007フ1299判決(2007.11.16.言渡)、大法院2008フ4998判決(2010.8.19.言渡)参照)。
【事実関係の整理および法理の適用】
1. 事実関係の整理
本事件の出願発明第1項で構成要素3に含まれているi)重量平均分子量と粘度、ii)等温結晶化ハーフタイム(ICHT)、iii)完全ノッチクリープ試験値(FNCT)の数値範囲の構成に進歩性があるか否かが問題となった。
構成要素
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第1項発明
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先行発明
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1
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エチレンホモポリマーおよびエチレンコポリマーを含むポリマー組成物であって、
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-エチレン単独重合体およびエチレン/アルファ-オレフィン共重合体を含有する多重モード性エチレン重合体組成物(段落番号[0011]~[0013])。
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2
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前記エチレンコポリマーは、
①前記エチレンコポリマー中のモノマーの総量を基準として、少なくとも0.55mol%の量でコモノマーを含み、
②前記エチレンコポリマーは前記エチレンホモポリマーより高い重量平均分子量を有し
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-前記エチレン/アルファ-オレフィン共重合体は、エチレン由来単量体単位および炭素数3~12であるアルファ-オレフィン由来単量体単位を含有する共重合体であり、共重合体内のアルファ-オレフィン単位の含有量は、0.5~2 mol%である場合、特に良好な結果が得られる(段落番号[0013])。
-エチレン単独重合体の溶融流動指数(Melt Flow Index) MI2が80~200g/10分である場合、良好な結果を提供し、前記エチレン/アルファ-オレフィン共重合体のMI2が0.08~0.8g/10分である場合、良好な結果を提供する。
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3
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前記ポリマー組成物は
①0.950g/cm3~0.965g/cm3範囲の密度、
②少なくとも0.3g/10分の溶融流量MFR2、
③少なくとも100,000g/molの重量平均分子量、
④少なくとも20,000Pa・sの、0.01[1/s]の角周波数での粘度η0.01を有し、
⑤前記ポリマー組成物は:123℃で10分未満の等温結晶化ハーフタイム(Isothermal Crystallization Half-Time);および
⑥少なくとも60時間の完全ノッチクリープ試験値(Full Notch Creep Test);を有するポリマー組成物。
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-多重モード性エチレン重合体組成物は
①標準密度(SD)は一般的に965kg/m3を超えず、SDは好ましくは960kg/m3を超えず、より好ましくは958kg/m3を超えない。SDは好ましくは951kg/m3以上である(段落番号[0007])。
②1.4~1.8g/10分の溶融流動指数MI2が特に非常に好ましい(段落番号[0008])。
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2. 法理の適用-出願発明の構成要素3を先行発明から容易に導き出すことができるか否か
(1) 重量平均分子量
出願発明の構成要素3で、ポリマー組成物の重量平均分子量を少なくとも100,000g/molに限定したことに対して特別な技術的意義や臨界的意義が記載されていないため、通常の技術者が先行発明から容易に導き出すことができる。
(2) 粘度
i) 出願発明の構成要素3で、ポリマー組成物の粘度を「少なくとも20,000Pa・s」であると限定したことは、このような数値を構成として採択することによってポリマー組成物が等温結晶化ハーフタイムおよび完全ノッチクリープ試験により測定された応力亀裂抵抗性などにおいて優れた特性を有する。
ii) 先行発明では「少なくとも20,000Pa・s」の粘度(η0.01)を有することについては開示しておらず、ポリマー組成物の粘度(η0.01)が「少なくとも20,000Pa・s」であることが当該技術分野において通常の粘度範囲であるとみるべき証拠もない。
(3) 等温結晶化ハーフタイム(ICHT)および完全ノッチクリープ試験値(FNCT)
i) 出願発明の構成要素3が123℃で10分未満の等温結晶化ハーフタイムおよび少なくとも60時間の完全ノッチクリープ試験値を有することは、高い応力亀裂抵抗性、速いサイクル時間、および優れた流動性を達成するようにする技術的意義を有する。
ii) 先行発明のいずれにも123℃で10分未満の等温結晶化ハーフタイムおよび少なくとも60時間の完全ノッチクリープ試験値を同時に有することについては開示されていない。
iii) 出願発明の構成要素3が123℃で10分未満の等温結晶化ハーフタイムおよび少なくとも60時間の完全ノッチクリープ試験値を有することは、技術分野においてポリマー組成物の通常の物理的特性であるとみるべき証拠がなく、先行発明から導き出すほどの開示や暗示がない。
3. 小結
上記事実関係と法理に照らしてみると、特許法院は、粘度、等温結晶化ハーフタイム、および完全ノッチクリープ試験値が重量平均分子量だけでなく、それ以外の様々な因子により影響を受けるものであるため、出願発明の構成要素3のポリマー組成物と先行発明のポリマー組成物との重量平均分子量が同一であるとしても、同一の粘度、等温結晶化ハーフタイム、および完全ノッチクリープ試験値が内在されているとみることができないと判示した。
これにより、特許法院は、出願発明の請求項1は通常の技術者が先行発明から容易に導き出すことができないため、進歩性が否定されないと判示した。
【判決の意義】
本判決は、数値限定発明の進歩性有無の判断時、特許発明が当該技術分野で通常の知識を有する者が通常的かつ反復的な実験を通じて適宜選択することができる程度の単純な数値限定に過ぎず、公知となった発明と比較して異質な効果や限定された数値範囲内外で顕著な効果差が生じるか否かを考慮するという点を再度確認した点において意義がある。
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