1. 事件の概要
[争点]
本事件第1項発明の「第1化合物および第2化合物を含む有機光電子素子用材料」を如何に解釈すべきかが争点となった。
先行発明(先行発明1)の一般式の定義に符合しない具体例が誤って記載されたことが明白であるのか、誤って記載されたことが明白な開示内容を新規性、進歩性判断の基礎とすることができるのかが争点となった。
また、先行発明(先行発明2)に具体的に開示されていない構成を通じて先行発明が教示するものと相反する効果を達成する場合、新規性、進歩性を否定できるのかが争点となった。
[本事件第1項発明と先行発明1、2との対比]
本事件第1項発明
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先行発明1 |
先行発明2
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下記化学式A-1で表される第1化合物、および下記化学式B-1で表される第2化合物を含む有機光電子素子用材料:
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下記一般式(1)で表す化合物である第1ホスト材料と、下記一般式(2)で表す化合物である第2ホスト材料と、燐光発光性ドーパント材料を含有する有機エレクトロルミネッセンス素子の発光層:
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[0008]本発明は、下記一般式(1)で表されるカルバゾール骨格を有する化合物を含有することを特徴とする発光素子材料である。
*先行発明2の実施例では、主に単一ホスト材料に関して開示しており、本事件第1項発明の化学式A-1で表される化合物と化学式B-1で表される化合物を共に含むダブルホスト材料に関しては開示していない。
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[化学式A-1]
-- 中略 --
※ 化学式A-1の具体例 [H-33]
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-- 中略 --
※ 一般式(1)の具体例
[0064] [化学式19]
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[0103]一般式(1)で表される化合物は、前述のように良好な正孔注入輸送性を示し、電子ブロック性も向上するため、正孔輸送性ホストとして使用することができる。また、電子輸送性ホストと組み合させて使用すれば発光層内でのキャリアが増加し、再結合確率が増大することから、発光効率が向上するため好ましい。電子輸送性ホスト材料は、特に限定されないが、ピリミジン骨格またはトリアジン骨格を含むカルバゾール化合物またはカルバゾール部位を有する化合物が好ましく使用される。
[0009] [化学式1]
※具体例(段落番号[0060] 化学式9)
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[化学式B-1]
-- 中略 --
※化学式B-1の具体例I-1およびI-2
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[0072] 上記一般式(2)で表す化合物の例としては、以下のものが挙げられる。
[0073] [化学式21]
[0074] [化学式22]
[0075] [化学式23]
[0076] [化学式24]
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2. 特許法院の判断
特許審判院は、本事件特許発明に対する特許取消申請に対して審理した結果、本事件特許発明が先行発明1または2に記載された発明と同一のものであって、新規性が否定され、また、先行発明1または2により進歩性が否定されると決定した。
しかし、特許法院は、本事件決定が違法であると判断した上で、特許審判院が下した決定を取消すと判決した。
イ.本事件第1項発明の「第1化合物および第2化合物を含む有機光電子素子用材料」の解釈
特許法院は、本事件第1項発明の「第1化合物および第2化合物を含む有機光電子素子用材料」は、その請求項に「第1化合物および第2化合物を含む材料」と明示しており、その用途を有機光電子素子用に限定しているものであるため、第1化合物と第2化合物を「同時に(共に)」含むものと解釈しなければならず、本事件特許発明の詳細な説明の記載内容に照らし合わせてみても、上記のように解釈することが妥当であると判断した。
ロ.先行発明1に対する新規性、進歩性
特許法院は、先行発明1の一般式(2)で表す化合物は、「カルバゾール-アミン」(=)化合物であるため、先行発明1の化学式22に開示された2個の「ビカルバゾール」(= )化合物が先行発明1の一般式(2)に属しないということは、技術常識であって通常の技術者に自明であるため、先行発明1の化学式22に開示された2個の化合物(ビカルバゾール化合物)が先行発明1の一般式(2)で表す化合物(カルバゾール-アミン化合物)に符合しないものであって、誤って記載されたことが明白であるため、先行発明1の一般式(2)で表す化合物(カルバゾール-アミン化合物)に属しないと判断した。
したがって、先行発明1は、化学式A-1で表される第1化合物および化学式B-1で表される第2化合物(ビカルバゾール化合物)を共に含む材料を開示していないため、本事件第1項発明は新規性が否定されないと判断した。
また、「ビカルバゾール」化合物と「カルバゾール-アミン」化合物は、その立体構造や分子内電子雲形態などにおいて互いに異なる化合物であり、二つの材料の化合物の結合(相互作用)による効果予測が難しい化学発明の特性上、先行発明1の一般式(2)(カルバゾール-アミン)の第2ホスト材料の代わりにその立体構造や電子雲形態など特性が異なる「ビカルバゾール」化合物を第2ホスト材料として使用する場合、先行発明1の一般式(1)の第1ホスト材料と一般式(2)の第2ホスト材料を共に使用して製造される有機EL素子と同等またはより優れた効果を奏すると予測し難いが、本事件第1項発明は、化学式A-1で表される第1化合物および化学式B-1で表される第2化合物(ビカルバゾール化合物)を共に含む材料を使用して先行発明1から予測し難い顕著な効果を達成したところ、本事件第1項発明は先行発明1により進歩性が否定されないと判断した。
ハ. 先行発明2に対する新規性、進歩性
特許法院は、先行発明2は、一般式(1)で表されるカルバゾール骨格を有する化合物を含有することを特徴とする発光素子材料に関するものであり、先行発明2の実施例では、主に単一ホスト材料に関して開示しており、本事件第1項発明の化学式A-1で表される化合物と化学式B-1で表される化合物を共に含むダブルホスト材料に関しては具体的に開示していないと認めた上で、本事件第1項発明は先行発明2により新規性が否定されないと判断した。
特許法院は、先行発明2は、ターフェニル基を含むビカルバゾール化合物(=、先行発明2の一般式(1)で表される化合物)がフェニルまたはビスフェニル基を含むビカルバゾール化合物(=、本事件第1項発明の化学式B-1で表される第2化合物)よりも発光効率や寿命など有機発光素子の性能においてその効果がより優れていると記載している点、しかし、ダブルホスト材料において、本事件第1項発明の化学式A-1化合物および化学式B-1化合物の組み合わせが、上記化学式A-1化合物と先行発明2の一般式(1)化合物の組み合わせよりも駆動電圧、発光効率、寿命比の全てにおいてより優れた結果、つまり、先行発明2の上記のような記載とは相反する結果を示す点を認めた上で、本事件第1項発明は先行発明2により進歩性が否定されないと判断した。
3. 本判決の意義
請求の範囲に記載された発明の技術的な思想を請求項に記載された用語の意味に基づいて明確に解釈したという点、また、そのような解釈が妥当であることを詳細な説明の記載から再度確認したという点で意味のある判決である。
先行発明の発明の概念(一般式の定義)と符合しない誤って記載されたことが明白な開示内容を新規性、進歩性判断の基礎としてはならないことを明確にしたという点で意味のある判決である。
また、先行発明に具体的に開示されていない構成を通じて先行発明が教示するものと相反する効果を達成する場合には、新規性、進歩性が否定されないという点を確認したという点で意味のある判決である。
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