I. 序論
わずか5~6年前には請求項の権利範囲が機能的な表現により記載され、多少広く記載された場合にも登録を受けることが難しくなかった。しかし、最近の米国の特許審査をみると、具体的な構造的な限定なしに機能的にのみ表現された場合には、明細書に十分な記載がない以上、当業者が実施可能ではないとの理由により拒絶される可能性が高いため、特許登録を受けることが非常に煩雑になった。最近、米国連邦法院のENZO LIFE SCIENCES, INC. V. ROCHE MOLECULAR SYSTEMS, INC.判決もまた、機能的に表現された請求項である場合、十分な実施例を記載することを要求している。
II. 背景
エール大学のDavid Ward博士の研究チームは、ヌクレオチドの塩基(base)位置にリンカー(Linker)を通じてポリヌクレオチドに標識(Label)を付着することによって非放射性プローブ(non-radioactive probe)を開発することに成功した。Ward博士はヌクレオチドの特定位置(いわゆる「Ward Positions」)に標識を付着してもポリヌクレオチドが混成化(hybridization)能力を失わずに、混成化された状態で検出可能であることを立証した。その後、Enzo Life Sciences, Inc.(以下、「Enzo社」という。)は、Ward博士の発明に対する独占権を受け、ヌクレオチドの追加位置に非放射性標識をすることと関連した特許出願を提出して核酸混成化、および非放射性標識ポリヌクレオチドの検出用途としての使用に関する6,992,180号(以下、「180特許」という。)の登録を受け、その代表請求項は以下のとおりである。
1. An oligo- or polynucleotide which is complementary to a nucleic acid of interest or a portion thereof, said oligo- or polynucleotide comprising at least one modified nucleotide or modified nucleotide analog having the formula
Sig-PM-SM-BASE
wherein PM is a phosphate moiety, SM is a furanosyl moiety and BASE is a base moiety comprising a pyrimidine, a pyrimidine analog, a purine, a purine analog, a deazapurine or a deazapurine analog wherein said analog can be attached to or coupled to or incorporated into DNA or RNA wherein said analog does not substantially interfere with double helix formation or nucleic acid hybridization, said PM being attached to SM, said BASE being attached to SM, and said Sig being covalently attached to PM directly or through a non-nucleotidyl chemical linkage, and wherein said Sig comprises a non-polypeptide, non-nucleotidyl, non-radioactive label moiety which can be directly or indirectly detected when attached to PM or when said modified nucleotide is incorporated into said oligo- or polynucleotide or when said oligo- or polynucleotide is hybridized to said complementary nucleic acid of interest or a portion thereof, and wherein Sig comprises biotin, iminobiotin, an electron dense component, a magnetic component, a metal-containing component, a fluorescent component, a chemiluminescent component, a chromogenic component, a hapten or a combination of any of the foregoing.
2012年1月、Enzo社は、Roche Molecular Systems, Inc.、Roche Diagnostics Corp.、Roche Diagnostics Operations, Inc.、およびRoche Nimblegen, Inc.(総称して「Roche社」)に対して180特許侵害を主張する訴訟を提起した。しかし、デラウェア州地方法院は、180特許が実施可能性(Enablement)が欠如して無効であると略式判決(Summary Judgement)を下し、Enzo社は地方法院の判決に対して米国連邦巡回控訴法院に控訴した。
180特許の請求の範囲は特定配列のポリヌクレオチドに限定されない。また、特許請求の範囲は標識を付着するための特定の化学反応またはリンカー、ポリヌクレオチドに付着させる標識数またはその標識を付着させるポリヌクレオチドの位置も明示していない。その代わりに、上記特許請求の範囲はポリヌクレオチドが混成化可能であり、混成化時に検出可能な以上、リン酸に結合された標識を有する全てのポリヌクレオチドを包括すると解釈されるように「機能的」に表現されている。
まず、連邦巡回控訴法院(以下、「法院」という。)は、上記のように機能的に表現された請求項は、明細書の内容を考慮して単に「標識すること」の実施可否ではなく、「混成化可能であり、検出可能であるように標識されたプローブの製造」の実施可否を判断しなければならないことを強調した。それと共に、法院は明細書の内容に、当業者に特許請求の範囲に含まれる包括的標識として付着されたポリヌクレオチドを作る方法が開示されていると仮定しても、この中で如何なる組み合わせが「混成化可能であり、検出可能なポリヌクレオチド」であるのかを当業者が明確に知ることができるか否かがその実施可能性の有無に対する重要な判断基準であるとみなした。
請求項に記載された機能的表現である「混成化可能であり、検出可能」と関連して、法院はWyeth and Cordis Corp. v. Abbott Laboratories, 720 F.3d 1380 (Fed. Cir. 2013)の判決に基づいて本事件を判断した。Wyeth判例は、本事件のように機能的に表現された請求項の実施可能性の有無を判断する時には、請求の範囲に含まれ得る候補物質の数、およびこれを合成した後、各化合物をテストして所望する機能があるのかを確認することが当業者が実施可能な程度に明細書に十分な記載があるのかを考察しなければならないと明示した。それと共に、法院は本事件(180特許)の請求の範囲は、特定の機能を要求しているが、明細書の記載内容および程度からみると、実施可能でないと判断した。
具体的に、法院は180特許の請求項第1項は、標識がヌクレオチドリン酸部分に結合されたという事実を除いてはポリヌクレオチドの構造に殆ど制限を設けておらず、非放射性標識の種類に対しても特に限定していないと認めている。特に法院は、発明当時の当該技術分野の予測不可能性を考慮すると、標識を混成化の妨害なくWard Positionに付着可能か否かに対して当業者が深刻な疑いを持つと結論を下し、また、明細書が標識されたポリヌクレオチドがプローブとして機能するということを簡単に記載しているに過ぎず、それが実際にプローブとして機能するのかに対する記載は不十分であると判断した。
これに対し、Enzo社は、明細書の実施例5を基に混成化可能であり、検出可能な内部リン酸標識ポリヌクレオチドが実施可能であると主張した。しかし、出願審査中にEnzo社は、実施例5が理論的にのみ可能であることを認めており、またEnzo社側の専門家証人(Expert Witness)は、Enzo社が混成化可能であり、検出可能な内部リン酸標識ポリヌクレオチドを実際にテストしたか否かは確信できないと証言した。法院は実施例5を「実際的な」例であると認めたとしても、本技術分野の予測不可能性を考慮すると、特許請求の範囲を十分に裏付ける記載とみなすことができないと指摘した。結論として、法院は、依然として過度な実験が必要であると結論を下した。
III. むすび
Enzo事件は、予測可能性が低い技術分野の発明であるにも拘らず、構造的限定なしに機能的に広範囲に表現されている場合、請求された発明が構造的特徴により特定されておらず、その広範囲な機能的特徴が明細書に十分に説明されていないことから、実施可能性が否定されたまた一つの例である。このように機能的に表現された請求項が実施可能性を認められるためには、請求された発明が共通的に有する構造的特徴、および上記構造的特徴と請求項に記載された機能との相関関係、およびこれを確認できる手段が明細書に十分かつ詳細に説明/立証されていることが要求されるといえる。このために、出願時に明細書に構造的特徴と機能との相関関係を立証できる多様な実施例をできる限り多く記載する必要があると思われる。
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