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進歩性判断に関する引用文献の解釈に対する判決 -大法院2013フ2873、2880判決(2016.1.14.言渡)【登録無効(特)】
弁理士 白知永


提示された先行文献を根拠として発明の進歩性が否定されるか否かを判断するに当たり、先行文献を解釈する際には先行文献の一部の記載でなく、先行文献全体の内容と関連した先行文献を総合的に考慮して通常の技術者が合理的に認識できる事項に基づいて判断しなければならないことを判示した事例

【判決要旨】

[1] 提示された先行文献を根拠として発明の進歩性が否定されるか否かを判断するためには、進歩性否定の根拠となり得る一部の記載だけでなく、先行文献全体により発明が属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「通常の技術者」という)が合理的に認識できる事項に基づいて対比判断しなければならない。

[2] そして、一部の記載部分と背馳したりこれを不確実にする他の先行文献が提示された場合には、その内容までも総合的に考慮して、通常の技術者が発明を容易に導き出すことができるか否かを判断しなければならない。

【事案の概要】

[イ] 特許無効審判手続において訂正請求された「プレガバリンの鎮痛効果に関する医薬用途発明」(以下、「訂正発明」という)の進歩性を判断するための先行文献甲第17号証発明の特許請求の範囲第15項に、プレガバリンのラセミ体が脳のGABAレベルを増加させるという技術的構成が含まれているとしても、

甲第17号証発明の内容には、脳のGABAレベルが上昇すると抗けいれん効果が発生するという前提の下、プレガバリンのラセミ体を利用した試験管実験および生体実験を行った結果、生体内でのGABAレベルの上昇とは関係なく、他の作用機転により抗けいれん効果が発生し得ることを暗示する内容が記載されているため、通常の技術者としては、甲第17号証発明の特許請求の範囲第15項は、プレガバリンのラセミ体が脳のGABAレベルを上昇させるという根拠なしに、単にその抗けいれん効果が卓越するという生体実験結果に基づいて記載したものと受け入れ、

試験管内GAD活性化能力と脳のGABAレベル増加の間および抗けいれん活性の間に相関関係がないようにみえるか、または不確実であるという趣旨が記載された先行文献も、本事件訂正発明の優先権主張日以前に開示されていることに基づいて原審は、通常の技術者が甲第17号証発明の特許請求の範囲に記載された、プレガバリンが脳のGABAレベルを上昇させるという不確実な事実をそのまま受け入れ、これに基づいてGABAレベルの上昇が鎮痛効果をもたらすという追加的な事実を結合してプレガバリンの鎮痛効果を導き出すことは容易でないと判示した。

[ロ] 本事件訂正発明の優先権主張日以前に開示された甲第6号証が、ガバペンチンはCa2+チャネルのサブユニット(以下、「サブユニット」という)に結合し、プレガバリンはガバペンチンよりも一層良好にサブユニットに結合するという事実を明らかにする一方、サブユニットがガバペンチンが抗けいれん活性を発揮する決定的標的であり得ると提案している点などが認められるが、かかる事情のみからプレガバリンがCa2+チャネル遮断剤であるという事実が導き出されるわけではないため、これを前提としてCa2+チャネル遮断剤が疼痛治療に効果があるという事実を結合してプレガバリンの鎮痛効果を容易に導き出すことができるといえない。

【大法院の判断】

[イ] GABA(gamma-aminobutyric acid)レベルと関連した上告理由について

原審は、特許無効審判手続で訂正請求された特許請求の範囲第1項およびこれを引用する従属項である特許請求の範囲第4項乃至第16項(以下、これらすべてを合わせて「本事件訂正発明」という)の進歩性が否定されないと判断した。

進歩性判断の先行文献である甲第17号証発明の特許請求の範囲第15項にプレガバリンのラセミ体が脳のGABAレベルを増加させるという技術的構成が含まれていても、甲第17号証発明の内容によると、①通常の技術者としては、生体内でのGABAレベルの上昇とは関係なく他の作用機転により抗けいれん効果が発生し得ると判断し、甲第17号証発明の特許請求の範囲第15項は根拠なしに、単にその抗けいれん効果が卓越するという生体実験結果に基づいて記載したものと受け入れることができる。②また、試験管内GAD活性化能力と脳のGABAレベル増加の間および抗けいれん活性の間に相関関係がないようにみえるか、または不確実であるという趣旨が記載された先行文献も、本事件訂正発明の優先権主張日以前に開示されている。

このような事情を総合すると、通常の技術者が甲第17号証発明の特許請求の範囲に記載された、プレガバリンが脳のGABAレベルを上昇させるという不確実な事実をそのまま受け入れ、これに基づいてGABAレベルの上昇が鎮痛効果をもたらすという追加的な事実を結合してプレガバリンの鎮痛効果を導き出すことは容易ではないため、

原審の上記のような判断は正当であり、そこに先行技術の信頼性や適格性、先行技術の把握、進歩性判断などに関して法理を誤解したり判例に違反し、論理と経験の法則に違反して自由心証主義の限界を逸脱したり必要な審理を尽くさずに判断が漏れたなどの違法がないと判示した。

[ロ] Ca2+チャネルのサブユニットと関連した上告理由について

原審は、次のような理由で本事件訂正発明の進歩性が否定されないと判断した。

進歩性判断の先行文献である甲第6号証が、ガバペンチンはCa2+チャネルのサブユニット(以下、「サブユニット」という)に結合し、プレガバリンはガバペンチンよりも一層良好にサブユニットに結合するという事実を明らかにする一方、サブユニットがガバペンチンが抗けいれん活性を発揮する決定的標的であり得ると提案している点などが認められるが、かかる事情のみからプレガバリンがCa2+チャネル遮断剤であるという事実が導き出されるわけではないため、これを前提としてCa2+チャネル遮断剤が疼痛治療に効果があるという事実を結合してプレガバリンの鎮痛効果を容易に導き出すことができるといえない。

ガバペンチンと関連した甲第6号証の実験結果と上記のような内容の記載などによると、通常の技術者がガバペンチンの抗けいれん作用がサブユニットと関連があると認識する余地はあるが、甲第6号証の全体的な記載や実験内容などに照らし合わせてガバペンチンの薬理機転がサブユニットによるものと断定することは困難であり、ガバペンチンがサブユニットに結合して抗けいれん作用を発揮するという甲第6号証の内容と符合しない内容の他の先行文献が、本事件訂正発明の優先権主張日以前に開示されているなどの事情によると、通常の技術者が甲第6号証に記載されたガバペンチンの抗けいれん作用がサブユニットとの結合により発生し得るという不確実な仮説に基づき、プレガバリンもサブユニットにガバペンチンと競争的に結合し、プレガバリンがガバペンチンのような抗けいれん効果があるという事実を補ってプレガバリンがガバペンチンのように鎮痛効果があるという事実を導き出すことは容易ではないため、

原審の上記のような判断は正当であり、そこに進歩性判断に関する法理を誤解したり、必要な審理を尽くさずに判断を漏れるなどの違法がないと判示した。

【判決の意義】

先行文献の一部に生体実験結果から導き出された仮説に基づいて推測できる効果が記載されていても、

通常の技術者が先行文献全体の内容に照らし合わせてみると、上記効果は薬理機転に対する明確な根拠なしに単なる推測に基づいて記載したものと受け入れることができ、優先権主張日以前に開示されている他の先行文献が上記仮説が妥当でないことを示唆していれば、このような事実を総合して先行文献の一部記載にも拘らず、進歩性が否定されないと判断できることを明らかにした。

【参照条文】

特許法第29条第2項

【参照判例】

大法院2013フ730、2015フ727判決(2015.4.23.言渡)