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特許発明の進歩性を否定する判断が事後的考察に該当することを効果的に主張する方案
弁理士 孫哲

1. 事後的考察の意義および判断方法

事後的考察は「特許発明または特許出願された発明(以下、「特許発明」)」の進歩性(特許法第29条第2項)の判断時、特許発明の明細書に開示されている技術を知っていることを前提として、事後的に発明の進歩性が否定されるか否かを判断することをいう。

判例では、特許発明の進歩性有無を判断する際には、特許発明の明細書に開示されている技術を知っていることを前提として、事後的に通常の技術者が容易に発明することができる否かを判断してはならない(大法院2007フ3660判決(2009.11.12.言渡)、大法院2016フ2522全員合議体判決(2020.1.22.言渡)など参照)と説示し、進歩性の判断時に事後的考察が禁止されていることを明確にしている。

事後的考察に該当有無に対する具体的な判断方法と関連して、判例では、「提示された先行文献を根拠として或る発明の進歩性が否定されるのかを判断するためには、進歩性否定の根拠となり得る一部の記載だけでなく、先行文献全体により通常の技術者が合理的に認識することができる事項に基づいて対比・判断しなければならない。」と判示した(大法院2013フ2873、2880判決(2016.1.14.言渡)参照)。

2. 事後的考察の判断方法に関する最近の判例

(1) 2019フ12094判例

1) 事実関係

 

本事件特許発明

先行発明

発明の内容

鉄合金シートの表面処理方法に関する発明であって、鉄合金シートを溶融酸化物浴に浸漬する段階を含む。

「鋼帯の焼鈍法」に関する発明であって、所定の粘度を有する溶融塩浴に鋼帯を浸漬させた後、取出して冷却させる内容を含む。

差異点1

溶融酸化物浴は、0.003~3.0ポアズ(Pois)の粘度を有する。

融塩浴の好ましい粘度は100ポアズ以下である。

差異点2

溶融酸化物浴の組成中、

Li2Oは10%w≦Li2O≦45%wの含有量を有する。

 Li2Oは6.0%まで添加することができる。

 2) 差異点1に対する判例の判断(先行発明の技術的意義を喪失させる場合)

-判例は

i) 先行発明の粘度範囲(100Pois以下)に本事件第1項発明の粘度範囲(0.003~3.0Pois)が含まれるようにみえはするが、

ii) 先行発明は、溶融塩浴に浸漬させた鋼帯表面に凝固被膜を形成させることができる程度の付着性のある粘度範囲を前提とする発明であるため、

iii) 先行発明の粘度を凝固被膜が形成され得ない程度である「0.003~3.0Pois」の範囲まで下げる方式により変形することは、先行発明の技術的意義を喪失させるものであるため、通常の技術者が容易に想到し難いとみられると判示した上で、本事件特許発明の進歩性を肯定した。

-すなわち、判例は、先行発明の溶融塩浴に、本事件特許発明の溶融酸化物浴の粘度(0.003~3.0pois)を適用する場合には、先行発明の技術的意義が喪失されるため(目的とする技術的効果を達成できない)、通常の技術者が本事件特許発明の技術内容を認知していない状態で、先行発明の開示のみをもって差異点1に対応する本事件特許発明の構成を容易に導き出すことができると判断することは、事後的考察に該当すると判断したものとみられる。

3) 差異点2に対する判例の判断(否定的教示がある場合)

-判例は

i) 先行発明には「6.0%を超えるLi2Oの添加は、凝固被膜と鋼帯表面の密着性が良好すぎ、凝固被膜の剥離性が悪くなるため避けなければならない。」と記載されており(6.0%wを超えるLi2Oの添加に関する否定的教示)、

ii) 通常の技術者がこのような否定的教示を無視して先行発明のLi2Oの組成比率を10%w≦Li2O≦45%wに変更することは難しいと判示した上で、本事件特許発明の進歩性を肯定した。

-すなわち、判例は、先行発明に本事件特許発明の構成(Li2Oは10%w≦Li2O≦45%wの含有量)に対する否定的教示(Li2Oの含有量は6.0%を超えてはならない)がある場合、通常の技術者が本事件特許発明の技術内容を認知していない状態で、先行発明の開示のみをもって差異点2に対応する本事件特許発明の上記構成を容易に導き出すことができると判断することは、事後的考察に該当すると判断したものとみられる。

(2) 2019フ11800判例

1) 事実関係

 

本事件特許発明

先行発明

発明の内容

2-{4-[N-(5,6-ジフェニルピラジン-2-イル)-N-イソプロピルアミノ]ブチルオキシ}-N-(メチルスルホニル)アセトアミド(以下、「セレキシパグ」という。)の「第Ⅰ型結晶形」

-セレキシパグの化合物(セレキシパグ「結晶」の存在有無に関しては記載されていない。)

-特定の化合物が多様な結晶形態を有するのかを検討するための通常の「スクリ-ニング」方式

差異点1

セレキシパグの結晶形態のうち、第Ⅰ型結晶形は第Ⅱ、Ⅲ型結晶形より粒子直径が大きい。

-

差異点2

第Ⅰ型結晶形は第Ⅱ、Ⅲ型結晶形より結晶中に含まれる残留溶媒の濃度が少ない。

-

差異点3

第Ⅰ型結晶形は第Ⅱ、Ⅲ型結晶形より再結晶工程での不純物除去効果が高く、安定性が高い。

-

2) 判例の判断(結晶形発明の場合、先行発明に効果に関する記載がない場合)

-判例は

i) 本事件特許発明の明細書には粒子直径、残留溶媒量、再結晶における不純物除去効果、および安定性側面からセレキシパグの第Ⅰ型結晶(本事件発明)がⅡ型およびⅢ型結晶と比較して優れた効果を奏するという具体的な実験結果が記載されているが、

ii) 先行発明には上記効果と関連して第Ⅲ型結晶形水準の効果を奏するセレキシパグの結晶形すら公知となっていないため、第Ⅰ型結晶形の効果を先行発明から予測できる程度と断定することは難しいとみられると判示した上で、本事件特許発明の進歩性を肯定した。

-すなわち、判例は、先行発明に本事件特許発明(セレキシパグの第Ⅰ型結晶)の効果と対応する効果に関する開示が全くない場合には、特定の化合物が多様な結晶形態を有するのかを検討することが通常行われることであるとしても、通常の技術者が先行発明(セレキシパグ化合物)から本事件特許発明(セレキシパグの第Ⅰ型結晶)の効果を容易に予測することができると判断することは、事後的考察に該当すると判断したとみられる。

3. むすび

-上記「2019フ12094」判例および「2019フ11800」判例に基づいて判断してみると、特許発明の進歩性を否定する判断が事後的考察に該当することを主張するためには、以下のような内容を主張することが効果的になり得る。

i) 特許発明の特定の構成を先行発明に適用する場合に、先行発明の技術的意義が喪失することを主張

ii) 特許発明の特定の構成に対する否定的教示が先行発明に存在することを主張

iii) 化学発明(特に、結晶形発明)の場合、先行発明に特許発明の効果と対応する効果に関する記載が全くないことを主張

-実務的観点において、審査または審判段階において特許発明が進歩性欠如を理由として拒絶された場合、先行発明の内容全体をもって先行発明の構成、目的および効果を綿密に検討して、上記のi)、ii)およびiii)に該当する内容が存在すれば、進歩性に対する審査官(または審判官)の判断が事後的考察に該当することを主張することで、特許発明の進歩性欠如の拒絶理由を克服することができる。

-ただしi)、ii)およびiii)を判断する際には、先行文献の一部の記載だけでなく、先行文献全体により合理的に認識することができる事項に基づいて判断しなければならない。