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結晶形発明の進歩性の判断方法-大法院2019フ11800判決(2023.3.13.言渡)[拒絶決定(特)]
弁理士 金志賢

【事件の概要】

本事件は、先行発明で公知となった化合物と化学構造は同一であるが結晶形態が異なる特定の結晶形の化合物を請求の範囲とする、いわゆる結晶形発明の進歩性の有無が問題となった事件である。

【進歩性の判断方法】

発明の進歩性の有無を判断する際には、少なくとも先行技術の範囲と内容、進歩性判断の対象となった発明と先行技術との差異、およびその発明が属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「通常の技術者」という。)の技術水準に対して証拠など記録に示された資料に基づいて把握した後、通常の技術者が特許出願当時の技術水準に照らして進歩性判断の対象となった発明が先行技術と差異があるにも拘わらず、そのような差異を克服して先行技術からその発明を容易に発明できるか否かを考察しなければならない。この場合、進歩性判断の対象となった発明の明細書に開示されている技術を知っていることを前提として、事後的に通常の技術者がその発明を容易に発明できるか否かを判断してはならない(大法院2007フ3660判決(2009.11.12.言渡)、大法院2014フ2184判決(2016.11.25.言渡)など参照)。

【事実関係の整理および法理の適用】

1. 事実関係の整理

先行発明の化合物である「セレキシパグ」と化学構造は同一であるが、粉末X線回折度が2θ:9.4度、9.8度、17.2度および19.4度で回折ピークを示すと特定された構成を有するセレキシパグの第Ⅰ型結晶に関する本事件第1項発明の進歩性が否定されるか否かが問題となった。

 

出願発明

先行発明

本事件第1項発明

粉末X線回折度がCuKα放射線を利用して得られるものであって、粉末X線回折スペクトルにおいて、少なくとも次の回折角2θ:9.4度、9.8度、17.2度および19.4度に回折ピークを示す、2-{4-[N-(5,6-ジフェニルピラジン-2-イル)-N-イソプロピルアミノ]ブチルオキシ}-N-(メチルスルホニル)アセトアミドのⅠ型結晶

2-{4-[N-(5,6-ジフェニルピラジン-2-イル)-N-イソプロピルアミノ]ブチルオキシ}-N-(メチルスルホニル)アセトアミドの化合物

本事件第4項発明

本事件第1項発明の結晶を有効成分として含有する糖尿病性神経障害など症状の治療剤

 

2. 法理の適用

1) 出願発明と先行発明の差異

先行発明にはセレキシパグ結晶の存在有無に関しては記載されていないという点において本事件第1項発明と差異がある。

2) その差異を克服し、出願発明を先行技術から容易に発明できるか否か

先行発明はセレキシパグの化合物を開示しているが、その形態が結晶形(crystal form)であるか無定形(amorphous form)であるかについては明確にしておらず、本事件第1項発明の出願当時、セレキシパグが多様な結晶形態(結晶多形性)を有するという点などが知られていたとみるべき資料もない。先行発明に開示されたセレキシパグ化合物と本事件第1項発明が請求する第Ⅰ型結晶形とは、それぞれの形態を導き出すための出発物質はもちろん、溶媒、温度、時間などの具体的な結晶化工程の変数が異なるが、被告が提出した出願当時の通常の多形体スクリ-ニング方式に関する資料のみでは、通常の技術者が結晶化工程の変数を適切に調節したり、通常の多形体スクリ-ニングを通じて先行発明から上記のような特性を有する第Ⅰ型結晶形を容易に導き出すことができるのかは明確でない

先行発明には粒径、残留溶媒量、再結晶における不純物除去の効果、安定性などと関連して第Ⅲ型結晶形水準の効果を奏するセレキシパグの結晶形すら公知となっていないという点を考慮すれば、被告が提出した資料のみでは第Ⅲ型結晶形または第Ⅱ型結晶形に比べて優れた上記のような第Ⅰ型結晶形の効果を先行発明から予測できる程度であると断定することは難しいとみられる

3. むすび

大法院は、本事件出願発明の明細書に開示された発明の内容を既に知っていることを前提として事後的に判断しない限り、被告が提出した資料のみでは通常の技術者が先行発明により本事件第1項発明および第1項発明の結晶を有効成分とする本事件第4項発明を容易に発明できると断定することは難しいとみなした上で、原審判決を破棄・差戻した。

【判決の意義】

結晶形発明の進歩性を判断する際に、多形体スクリ-ニングが通常行われる実験であるということのみで結晶形発明の進歩性が否定されると断定することはできず、通常の発明と同様に結晶形発明の効果の顕著性を参酌して構成の困難性を判断しなければならないことを確認することができる。先行発明から結晶形発明の特定の結晶形に容易に到達することができない場合、結晶形の発明の進歩性を否定することはできない。また、進歩性判断の対象となった発明の明細書に開示されている内容を知っていることを前提として事後的にその発明の進歩性を判断してはならないという点を再度強調した。