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米国特許庁が「真核細胞におけるCRISPR-Cas9システム」をBroad研究所の発明と認定
米国弁護士 田周憲

1. 事件の背景

クリスパー(CRISPR/Cas9)遺伝子ハサミ分野における最高権威者と評価される米国のUCバークレー校とBroad Institute, Inc.(以下、「Broad」という。)は、激しい特許競争を続けており、全世界の注目を集めている。Broadは、米国のMITとハーバード大学の長期間の研究協力により発展した研究機関であり、2004年にスタートし、米国でのクリスパー遺伝子ハサミの出願日は最も遅れたが、優先審査制度を通じて最初に特許が登録された。

2022年2月28日に米国特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、以下、「PTAB」という。)は、BroadとCVC(Regents of the University of California, University of Vienna, and Emmanuelle Charpentier)との間の抵触審査(Interference)に対する判決を下した。抵触審査は、クリスパー遺伝子ハサミの源泉特許が出願された2012年当時、米国で適用されていた手続であり、先発明主義制度に基づいて同一発明を主張する2人以上の出願人が存在する場合に先発明者を区分するために抵触審査を実施した。

Broadは2012年12月12日に提出した仮出願に基づいて優先日が定められ、CVCは2013年1月28日に提出した仮出願に基づいて優先日が定められた。しかし、両当事者は発明の考案日(Date of Conception)および発明の完成日(Date of Reduction to Practice)が上記優先日より前であると主張した。また、CVCは、Broadの関連特許と出願に真の発明者が記載されていないため、無効事由に該当すると主張した。

2. 米国特許審判院の論理および最終判決

PTABは、CVCの優先権および発明者に関する主張を棄却し、Broadの主張を受け入れた。その詳細な理由は次のとおりである。

第1に、CVCが主張する発明の完成日である2012年8月9日、または発明の考案日である2012年3月1日は立証証拠がないため、説得力がないと判断した。発明の完成日を立証するためには、発明者が実際に実施例を具現し、発明が意図した目的のとおりに作動することを示さなければならない。CVCは、CVCの発明者らが2012年8月9日にウィーン大学の研究グループリーダーであるレブレ博士が行ったゼブラフィッシュ胚の実験においてCRISPR-Cas9システムをテストすることによって発明を完成したと主張した。レブレ博士は、ゼブラフィッシュの変異を確認して発明者Chylinski博士にこの事実を知らせたと証言し、Chylinski博士は再びその結果を他の発明者Charpentier博士に電子メールで知らせたと証言した。しかし、PTABは、上記電子メールと目撃者の証言を含むCVCの如何なる証拠も、レブレ博士や他の如何なる発明者が2012年8月9日にゼブラフィッシュ実験の結果が成功的であったことを認識したことを立証することができなかったというBroadの意見に同意した。PTABはまた、レブレ博士が行った実験の重要性を考慮すると、レブレ博士が2012年9月12日までCRISPR-Cas9ゼブラフィッシュプロジェクトを放棄したことは、2012年に如何なる成功も認識しなかったことを意味すると指摘した。したがって、PTABはCVC発明者が2012年8月9日までに実際に発明を完成していなかったと判決した。

第2に、CVCの発明者であるDoudna博士とJinek博士が2012年3月1日に真核細胞におけるCRISPR-Cas9システムに対する発明の考案を完成したという主張は説得力がないと判断した。なお、米国特許法では発明の考案(Conception)を次のとおり定義している。

“Conception requires a ‘formation in the mind of the inventor, of a definite and permanent idea of the complete and operative invention’ . . . . ‘not just a general goal or research plan he hopes to pursue.’” “Conception is complete only when the idea is so clearly defined in the inventor’s mind that only ordinary skill would be necessary to reduce the invention to practice, without extensive research or experimentation.”

発明の考案を立証するために、CVCは、2012年3月1日以前に発明者らが哺乳類の細胞にCRISPR-Cas9を用いた実験を計画していたことを示すDoudna博士とJinek博士の証言、および関連した電子メールに頼った。またCVCは、CRISPR-Cas9システムの概略図を含む2012年3月1日付となっているJinek博士の研究手帳を証拠資料として提出し、発明者らが2012年3月1日に発明の完成のために着実に努力しているという証拠資料として真核生物細胞にCRISPR-Cas9を用いた発明者らの実験研究資料などを提出した。

Broadは、CVCの発明者らは、上記米国特許法における発明の考案の定義を満たしておらず、Jinek博士の手帳の2012年3月1日付のページの図式は「naked idea」に過ぎないと主張した。Broadは、CVC発明者らが2012年3月1日まで、発明に対する確実かつ永久的なアイディアを有する代わりに「根本的な問題に対する解決策を推測するに過ぎない(merely guessing at solutions to fundamental problems)」と指摘した上で、2012年にはCVCが哺乳類の細胞においてCRISPR-Cas9を用いた数回の失敗を続けたと指摘した。PTABは、CVCが2012年3月1日が発明の考案日であることを立証することに失敗したというBroadの意見に同意した。PTABは、CVCの発明者らが発明の考案日であると主張する2012年3月1日以降、「広範囲な研究、実験および修正」を長期間行った点を指摘した。

第3に、PTABは、Broadの発明者らが2012年10月5日までに発明を完成したと判断した。Broadの発明者であるZhang博士は、2011年2月7日までにゲノム編集のためのツールとしてCRISPRシステムを知ることとなり、2012年7月17日までには真核細胞に用いるCRISPR-Casシステムのプラスミドマップを設計したと証言した。Zhang博士とCong博士は、CRISPRシステムが2012年7月17日にマウス細胞を遺伝子組み換えに使用したと証言し、その結果は2012年10月5日にサイエンス誌に提出された原稿で報告されたと証言した。Broadは、Zhang博士が上記原稿をサイエンス誌に提出したことはCRISPR-Cas9システムを利用して真核生物(マウス)細胞でDNAを切断した結果が成功的であったことを認識したことを意味すると主張した。

最後に、PTABは、Broadの特許出願に真の発明者の名前を記載しなかったことは無効事由であるとのCVCの主張を受け入れなかった。真の発明者を決定するためには、(1)各請求項に含まれる内容を判断するための請求項の解釈(a construction of each asserted claim to determine the subject matter encompassed)と、(2)発明者の寄与した内容と上記解釈された請求項に含まれる内容とを比較(a comparison of the alleged contributions of each asserted co-inventor with the subject matter of the construed claim)しなければならない。CVCは、Broadの特許弁護士がBroadのPCT出願の発明者に関連した欧州の異議申立で提出した宣言書に頼った。CVCは、上記宣言書に明示されたPCT出願の発明者およびこれらの寄与がBroad特許に明示された発明者らと一致せず、したがって、Broad特許の発明者は不正確であると主張した。PTABは、上記発明者を決定するために発明者の寄与した内容とBroad特許の請求項の内容とを比較しなかったため、CVCの主張を受け入れなかった。

最終的に、PTABは、Broadの発明者らが真核細胞で遺伝子発現に影響を与えるようにDNAを切断したり編集できる単一のガイドRNAを有するCRISPR-Cas9システムを最初に発明したと判決した。

3. 判決の意義

発明の考案は、発明者が「広範囲な研究、実験および修正」なしに発明の成功を認識してこそようやく立証されると考えられる。発明者の実験ノートに記載された主観的な意見または第三者と発明者との電子メールの交換のみによって発明の考案日や完成日を立証するには不足する場合もあり、BroadのようにJournalに原稿を提出する程度に発明が完成してこそ発明の考案日が認められると考えられる。